相談役コラム

3.32025
建築と船づくり
この度、6階建ての集合住宅の請け負いをいただいた注文主は、船会社であった。
建物引渡しの為に瀬戸内海の「しまなみ海道」伯方島にある造船所に今回をふくめて三回目の訪問は、現場管理者と二人での出張である。
新幹線福山駅から、しまなみ海道は瀬戸内海の六つの大きな島をつないで、本州から四国へ渡る高速ハイウェイである。
京都は冬日で寒かったが、行き交う車が少ないしまなみライナー高速バスは、冬にしては少し暖かい爽やかな風を受けながら、大きな橋を五つ渡って一時間程で造船工場のある伯方島に着いた。高速道路の高い車窓から見える瀬戸内海は波一つなく、穏やかな水面を船がゆったりと進んでいる。島の山間部には蜜柑か何かの黄色い実を付けた木が見える。島の水際にへばりつくように港が見え、所々に集落とクレーン工場群が見える。瀬戸内海は波が静で造船業が盛んなのも頷ける。
伯方島は本州から5つ目の大きな島で、木裏港に注文主の造船工場がある。本社横に工場があり昼休み前に見て回ることが出来た。
広い造船工場をてくてくと歩いてゆくと、数メートル程ある大きな鉄のブロックを組み立てている所では、ほとんどの部材が曲がっている。厚み十数ミリの湾曲した鉄板に鉄骨のリブ(梁か骨か)を溶接している火花が見える。建築では曲げ物仕事といい、難儀な仕事であるが、平気で作業しているのを見て感心しきりである。程なく工場中に昼休みのサイレンが鳴り響き、各所から続々と作業員が詰め所へ入っていき、弁当を食べておられた。
社長にお聞きすると、この造船所では年間6隻ほど造っているそうだ。事前に陸上の工場で船体をブロックごとに制作し、ドックの大きなクレーンで吊り上げ、接合する作業は2ヵ月ほどで組み立てると、進水式を迎え、海の上で岸壁に係留して内装工事や設備仕上げ工事を完成させるのだそうだ。ドックでの作業時間を短縮して効率を上げているとのことであった。一隻造るのに、設計から完成引渡しまで2~3年かかるとのことであった。
昨日も一隻が海に出ていったとお聞きした。
建築も数億円の規模になると、用地の取得から企画・設計・確認がおりて現場施工、竣工と現場施工期間は全体の半分ほどであり、私は現場着工を迎えると仕事が半分終わった感慨をいつも覚える。
我々は不動の大地の上に建てるのだか、船はドックの時は水平垂直が判るが、進水式後の海上での作業は大変だろうとお聞きしたが、作業服姿の社長は何ともないとおっしゃる。
造船工場は社員の職工と外注の職工がいるとの事であった。私どもの建築現場でも、二次・三次下請けの働きで現場は廻っているので、船造りも同じであると知った。全ての工程に必要な労働者を常時雇用するのは不経済であると言われた。造船と建築はよく似た労働形態なのである。
船会社社長が村上氏と言われたので、村上水軍と関係があるのですか、とお聞きすると先祖はそうですとのこと。昔は木造船が中心だったが、今は何万トンのばら積み運搬船やガス輸送船などが主で、中国の造船業と闘っておられるが、ここ数年は鉄が2倍近い値上がりで困ったと。
どのように受注先を探されているのかとお尋ねすると、過去に受注した船主や商社経由での受注で、世界の海を航行しているそうで、平家物語でお馴染みの村上水軍の末裔であった。
駅の観光案内書でもらったパンフには、村上水軍はヨーロッパの海賊とは違い、瀬戸内の安全な運航の水先案内や航行の秩序を守り物流を保障したとある。通行料のようなものを徴収し通行許可所を渡したが、合戦があると多大な活躍をしたという。源平合戦や戦国時代の村上水軍しか知らない私は、認識を新たにした。
2025年1月25日