相談役コラム
8.222023
手仕事の継承
近ごろの木造住宅は、ほとんどがプレカット工場で機械加工されて現場に搬入され組み上がる。プレ工場では一軒の構造材である土台や柱や横架材である梁や屋根材、筋かい等のはがら材等構造材が、一日もかからない速さで工場で加工されて、現場に搬入されていく。
ほとんどと言ったのは、プレカット加工が出来ない、加工機械に入らない曲がった丸太や長大材は大工の手刻みだからである。弊社ではプレカット加工が出来るところはプレ工場に依頼して、社寺建築や丸太材の和風屋根組は今でも大工の手刻みをしている。
プレカット加工とは木材が、コンピーュター制御で様々な加工機が連続したレーン上を材木が通って行って、出口では刻み加工が出来上がるシステムである。ミリ単位で加工されるために材は事前にモルダー加工機で規定寸法に削りあげる必要がある。
プレカットキャドでの打ち合わせは綿密に行なわなければ、建て方は失態する。
墨付け刻みが大工の主要な仕事であったのが、棟上げ後の造作仕上げ仕事になってしまった。気が抜けない重たい仕事から解放された反面、基本的な大工技術の継承が危ぶまれている。
機械化、合理化、生産性向上のもと、ここ数十年で日本の木造新築住宅の90%以上がプレカット加工になり、省力化で大幅なコストカットを達成した。またプレカット工場が木材流通を支配していく中で、町の材木屋、製材所がかなり減少している。
一昔前は、小学生男児の将来なりたい仕事ベスト10に大工さんが入っていたのが、最近の調査では入らなくなった。一人前の大工になって自分の力で家を建てるんだと、志す若者はいなくなったと云える。
私の若い頃に手持ち電動丸鋸が入ってきた。建築組合ではこれは資本の合理化か、進歩かで論争があったことを思い起こした。そんな論争をして入る間に、現場は電動丸鋸が席巻した。
弊社では、新卒大工には基本技術を習得するために手刻みをさせている。
この前、作業場に打ち合せに行った時、タイコ丸太にほぞ穴を掘る作業を見ていたら、叩き鏨(のみ)の扱い方がなっていない。
大工3年目の見習い生であるが、8分叩き鏨で墨線に入れているのを見て、もっと大きな叩き鏨でと、一寸二分叩き鏨に持ち替えさせ墨線に鏨建てをさせた。ほぞ穴を掘っていく時には8分叩き鏨に取り替えて、見ていると数回叩き込んでいるので、一回目は位置決めの為に軽く叩き、次に力を入れて二回強く叩く。三回目には叩いた直後に切りかすを引き上げる為に鏨を手前に入れたまま掘り上げる。三回以上叩くと食い込みすぎて抜けなくなり、無理に引き上げると反動で怪我をすると注意した。
この前も建築組合の訓練校で弊社一年生社員が5分穴を掘っていて、鏨を叩きすぎて抜けなくなり、力任せに引き抜いたとたんに反動で鏨が返って、左腕を4針縫う怪我をしたばかりだった。訓練校の先生には大変ご迷惑をおかけした。この4月から通っていて、少し鏨の使い方に慣れた頃の事故であった。少し慣れた時に事故はおきるものだ。
8分叩き鏨で粗方2寸深さまで来たときに、一寸叩き鏨に持ちかえて穴を整形していくのを見届けた。墨に差し金で穴が真っすぐ掘れているか、確認しながらの作業をしていると、隣で墨付けしている棟梁大工から声がかかった。「束が真っすぐ立たへんかったらあかんで」と。
一服になって、ベテラン大工が、昔、近所からあの現場にはいい腕の大工がいるなあ、と言われたのが聞こえてきたという。音しか聞こえないところでも「とん、がん、がん。」と小気味よく3回ずつ叩くその鏨の響きで、大工の善し悪しの評価になることがある、と。かって、わざが未熟な大工を「たたき大工」といい、みんなはその話に納得したのだった。
2023年7月24日